« HYOD TOKYOへ行ってきた | トップページ | ららぽーと富士見に行って来た »

2015年4月14日 (火曜日)

ソロモンの偽証 後篇・裁判を見た(ネタバレ注意!!!!)

 内容をかなりばらしてますので、これから見ようという人は読まない方が良いと思います。

自分は原作を読んでいるので、映画において細かい設定違いが何故必要だったのか、それを考えていました。

 優等生の藤野涼子が、大出達不良グループに苛烈ないじめを受けている三宅樹里と浅井松子を見殺しにして柏木に責められるシーン、そこから自己嫌悪に陥って鉄道自殺をイメージするシーン、そもそも桜の時期に母校に教師として赴任してくる冒頭シーン。多くの「原作と違う」設定やエピソードがこの映画にはありました。前篇に多くの設定違いが織り込まれていたため、後篇ではどう展開していくのか興味がありましたが、結論は「なるほど、藤野涼子と神原和彦の精神的な再生のための裁判だったんだ」ということでした。

 そもそも原作は、柏木卓也の死は自殺以外に考えられないという状況の中、自分たちで真実を突き止めるために裁判を行う、という、ある意味無理な設定というか、ミステリーファンだったら最初から興味を失うような小説でした。それでも最後まで読まされたのは、原作者が登場人物を本当に慈しみながら動かしている、そんな印象を随所から受けたからです。最近読んだ本の中でもキングの「Under The Dome」と並んで強く印象に残ったこの「ソロモンの偽証」ですが、突っ込みどころはありつつも筆力で最後まで引っ張られるというところがすばらしいです。

 さて、映画の方ですが、前篇のテンポの速い展開から一転してクライマックスの無い平坦な印象でした。もう少し演出の仕方があったのでは、とも思いますが、「本当は自分を裁いてほしいが、大出を糾弾することも必要」な神原和彦と、「いじめを見て見ぬふりをしたことを謝りたい。自分の心を血だらけにした柏木卓也が、自分に死体を発見させた柏木卓也がなぜ死んだのかを知りたい」藤野涼子のための裁判だったことに気が付くと、何となく映画の意図が見えてきた感じがして、納得してしまいました。

 この作品が映画化された、と知った時、「いやそりゃ無理だろ」と感じたわけですが、原作そのままなぞらなかったことが、結果的には良かったのかな、と。

|
|

« HYOD TOKYOへ行ってきた | トップページ | ららぽーと富士見に行って来た »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99702/61439058

この記事へのトラックバック一覧です: ソロモンの偽証 後篇・裁判を見た(ネタバレ注意!!!!):

« HYOD TOKYOへ行ってきた | トップページ | ららぽーと富士見に行って来た »