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2007年9月30日 (日曜日)

DB6Delirio試乗できず

週末は雨でしたなあ。

金曜にモトコルセさんから連絡があり、DB6Cの試乗車が用意できたとのこと。しかし、土曜は午前中雨で、午後はあがって路面も乾いたものの、午前中の時点ですでにあきらめて予定いれたのでだめ。今日は朝からずっと雨。

うーん残念、まあそのうち乗れるやろ。ところで、Clubman誌11月号の特集記事「ファンライドバイクのススメ」にDB6Cが取り上げられている。

Clubman0711 なぜノーマルのDB6じゃないのかってのはこっちに置いておくか(笑)

このDB6Cは、モトコルセの市販バージョンとは少し違い、ブレーキやクラッチのラジアルポンプとか、クラッチレリーズとかが追加され、塗装も一部違うようだ。

ラジアルポンプとか、機能やフィーリングがかなり違ってくるのかなあ、それだと試乗車としてなんとなくアンフェアな感じがする。まあ、隠したりしてないからそれはそれでいいんだけど。

来週にはぜひ乗りたいものだ。

ところで、スーパーをぶらぶらしてると、エビスビールのキャンペーンかなんかやってた。350ml缶ワンカートン(6本)買うと小さい試飲缶がふたつ付いてきた。家に帰って見ると、250mlだ。ということは6本買うと1本以上付いてくることになる。あわててスーパーにもう2カートン買いにいった。

Ebisuhop 味もまあまあ。

ほんと小市民だ。

DB6Cは分不相応かも(爆)

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2007年9月22日 (土曜日)

Buellに乗るつもりが・・

最近自分の周りにBuellが増殖中(笑) と言っても2台ですけど。

昔Buellに乗っていて、とても楽しいんだけど、コーナリングは今いちって印象だった。ディーラーにいたこともあってあまり乗れないうちにコーナリングがなんとなく楽しそうなBMに乗り換えたんだった。

その後、エンジンも車体もBuellの独自設計でXBシリーズとなり、様々なバリエーションモデルを揃えて現在に至っている。

ちょっと乗ってみようか、下取りどのくらいか知りたいし。ということで昼前に熊谷のH須へ。懐かしい営業担当のM氏が出てくる。白髪が増えたなあ、いまや店長らしい。

昔話から始まって、あれこれダベっているうちにそろそろと営業の話に移行(笑)

下取りの話になり、業者のオークションデータを調べてくれた。それによると、オークションでの落札価格は、05年式のSで100万前後。程度によって結構ばらつきがあるようだ。自分のところでさばく自信が無ければ当然オークションに出すわけで、いや資金繰りを考えるとさっさとオークションに出すわけで、この価格をベースに考えないといかんのだろうなあ。

M氏は一応これにちょっと上乗せした金額で見積もりしてくれた。口頭だけど。じゃ、また来るよ、などとあいまいなことを言って帰ってきた。試乗しようかと思ったんだけど、その試乗車はN氏の代車になっているのであった。考えりゃわかりそうなもんだった(爆)

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2007年9月15日 (土曜日)

そういえば・・

今日はメガモトひょっとして見れるかも、と思って行ったんだけどやっぱり無かった。

BMなら多少下取り良くなるかもしれないし。BIKESのNo40に特集が出ていて、読むとなかなかおもしろそうなバイクなんだけど、シートは89センチあるらしい。

ショップに置いてあった試乗車のX650クロカンに跨ってみると、両足ツンツンである。これでもシートは87センチらしい。これより2センチ高くて、さらに数10キロ重いとなると、どうも自分には無理な模様。Sみたいに、多少重くても足がべったり着いた方が安心だ。残念です・・・。

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当分Sで行く模様・・・

今日は3時頃に所用があるため、走りにはいけない。

そうは言っても天気がいいので、久しぶりにショップに行って見ることにする。

Sをいくらくらいで下取りできるか聞いたところ、店長はとたんに歯切れが悪くなる。どうやら三桁は難しい模様。まあ、気にスンナ。

ということで、当分買い替えはしないことに決定 (核爆) なんだか落ち込む。というより、このところ急激に感情の動きというか起伏が無くなり、「なんだかどうでもいいや」感に支配されるようになった。人と話すのに力が必要な感じ。

こりゃ、やばいかもしれない。「弟ロスト症候群?」

それはともかく、所用で17号を東京方面に走る。笹目橋北詰、ここは先日SSCメンバーの某氏が浄財を埼玉県に拠出させられた現場だ(爆) いつも白バイが隠れているんだが、今日も自分の後ろから白バイが・・・。もうバックミラーしか見てなかった自分は途端にメーター読み60キロに。

そのとき、空いていた左端斜線を一人走る原付スクーターが。自分とあまり変わらないスピードで気持ちよく走っている模様。

白バイ警官がニヤリと笑ったように見えた。自分の斜め後ろにいるが、ターゲットは明らかに原付だ。二回パッシングする。原付の茶髪兄ちゃんは気づかない模様。

橋の真ん中あたりで白バイの赤色灯が回転を始める。「あー、こりゃやられた」と思いつつ、丁度いいサンプルだこりゃ、いったい何秒くらいあの赤いライトを回すんだろう、と後方に注意。

どうも10秒ちょっとは赤色灯を回しながら追尾したようだ。時速60キロとして約160メートルかな?

その後、「ピューン」という警告音を発してお兄ちゃんを捕捉。哀れ20キロオーバーで一丁あがりだ。

やはり、白バイの追尾は赤色灯を回転させるようだ。自分が以前井荻の環八トンネルでつかまったときは赤色灯をつけなかった。あんなに真っ暗なところでつければ絶対に気が付くのに、警告音を発するまでそんなものは無かった。多分。いまさら言ってもしょうがないが、なんか気分悪いぞ。

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2007年9月 7日 (金曜日)

弟が逝きました

弟とは、大学時代を除いて一つ屋根の下で暮らした記憶がほとんどありません。

もの心付いたときには、弟は父親と、私は母方の家族と、それぞれ暮らしていました。と言っても狭い町内での話しですが。私が生まれた頃は、双子はあとから生まれた方が兄、と言う考えがまだ残っていて、戸籍上は私が兄ですが、名前に込められた期待は、明らかに弟が上でした。

小学校、中学校、高校、大学と同じで、同居はあまりしなかったもののいつも一緒でした。

就職してからは、私は東京、弟は地元と別れてしまい、年に数日しか会わない状態でした。弟は公務員をしながら、子供3人に恵まれ、バードウォッチングや釣り、バイク、写真等々、様々な趣味に打ち込んでいました。

一方で、30代半ばで大腸がんになり、直腸はもちろん、周辺のリンパ節や神経系をごっそり切除し、大変な苦しみと不便を背負うことになりましたが、5年以内の再発もなく、これを克服しました。

そして腎不全となり人工透析の日々。老廃物を濾過しきれないため、皮下の掻痒感を始めとする多くの症状に苦しみました。

昨年8月に私の腎臓を移植し、人工透析や様々な症状から解放されたものの、まもなく胃がんを発症し、胃の3分の2を切除することとなりました。

その後、50キロ以下まで減った体重がなかなか回復せず、体力的にも厳しい状況の中、なんとか仕事をこなし、少しずつでも状況は良くなっていると思っていました。

しかし、8月30日に貧血で入院した後、9月2日早朝に容態が急変し、そのまま不帰の人となってしまいました。6時ごろに知らせを聞き、すぐに新幹線に飛び乗りましたが、間に合いませんでした。色々と言いたいことはあるし、納得できるはずもありませんが、何をどうしようと弟は帰ってきません。死因がわかったところで空しいだけです。

弟は逝きました。誰よりも弟自身がこんな結果を予想していなかったのは明らかです。いつかはまた、バイクや釣りを楽しみたいと言っていました。

今、私の手元には、弟の形見としてD50があります。49日の法要に帰省したら、Hyodのウェアも持ってくるつもりです。弟の分も、バイクを駆り、釣りや写真も楽しむつもりです。

弟は私の腎臓を抱いて、煙となって空に上っていきました。今はそれだけが私にとっての救いです。 合掌。

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